内容も発行日も定まっていない雑誌(仮称) 〜2010年 3月25日号〜
「浅田真央選手、究極を目指して…」
第二弾を掲載いたしました(2010年 4月25日)

2010年2月13日から3月1日(日本時間)までの間、カナダのバンクーバーで行われていた第21回オリンピック冬季競技大会。 フィギュアスケート女子シングルの浅田真央選手は、ショートプログラムで、すべての要素を成功させる、ほぼ完成の域に達した素晴らしい演技を披露。 フリースケーティングでは、後半にジャンプの失敗があったものの、それ以外の部分は今季最高の出来栄えで、魂を込めて力の限り滑り切る内容は、ジャンプさえ成功させていれば、浅田真央選手ご自身にとっても納得の演技だったことでしょう。 また、ショートプログラムで1回、フリースケーティングで2回、女子シングル史上初となる合計3回(ルール上認められている最多回数)のトリプルアクセルを見事に成功させ、人々の記憶と歴史に残る偉業も成し遂げられました。 そして、初出場のオリンピックで、見事銀メダルを獲得なさったのです。


待ちに待ったバンクーバーオリンピックが開催される2009年から2010年にかけての今季、シーズン当初は、グランプリ・ファイナルで表彰台に立ち、早々とオリンピック代表の切符を手にする浅田真央選手を想像しておりました。 しかし、思うような結果が出ず、表彰台どころかグランプリ・ファイナルに出場することも叶(かな)わなかったのです。 浅田真央選手が出場なさらないことなど想像もできませんでしたから、2009年のグランプリ・ファイナルは物足りないというだけではなく、どこか現実離れした信じられない光景に映りました。 それと同時に、絶対にあり得ないと思いながらも、もし万が一、バンクーバーオリンピックでも同じことになったとしたら、興味は半減どころでは済まない…、浅田真央選手が出場なさらないようなオリンピックなど見たくも無い、そのような思いが頭をよぎったのです。

その後さらに練習を積み重ねて、本来の調子を少しずつ取り戻しはじめた浅田真央選手は、見事、全日本選手権で4連覇を達成、オリンピック代表に選ばれました。 必ずオリンピックに出場なさるものと信じておりましたが、ほっとしたのも事実です。 オリンピックが開幕し、その舞台に立つ浅田真央選手を拝見しただけで、思わず涙が出そうになってしまいました。 大きな緊張感の中で素晴らしい演技をし、その上、銀メダルを獲得なさるなんて…、シーズン前半のことを思えば、さすがと申し上げるほかございません。 血の滲(にじ)むような努力がなせる、美しく力強い滑り、全身全霊を尽くした表現…、一生懸命さがひしひしと伝わってくる浅田真央選手の姿に感動いたしました。 心に訴える素晴らしい演技、人間味あふれる言動を通して、元気、勇気など…、前向きに生きていくための力と良い刺激を下さった、浅田真央選手には、感謝の気持ちでいっぱいです。 そして、ひたむきな努力と、成し遂げられた偉業に、拍手喝采(はくしゅかっさい)を送らずにはいられません。

しかし、正直に申し上げれば、残念な思いがないわけではありません。 それはメダルの色が銀だったからではありません、フリースケーティングで失敗があり、すべての要素を滑り切った演技を拝見できなかったからです。 もちろん、金メダルのほうが嬉しいのは確かですが、オリンピック開幕前に願ったのは、日々の努力が報われ、ショートプログラムもフリースケーティングも、最初から最後まで、すべての要素を失敗せずに滑り切っていただきたいということでした。 フリースケーティング後のインタビューで、浅田真央選手が悔し涙を流されていたのも、負けたこと以上に、いつも口癖のようにおっしゃっている「ノーミスでパーフェクト」な演技を実現できなかったからでしょう。


ショートプログラムでは、ほぼ完成の域に達した演技を拝見でき、大変感動いたしました。 アラム・イリイチ・ハチャトゥリアン作曲の組曲『仮面舞踏会』より「ワルツ」は、昨季(2008〜2009)のフリースケーティングでも使用されていた曲ですが、単にフリースケーティングとショートプログラムの差だけではなく、表現内容にも大きな違いがあります。 昨季のフリースケーティングでは、毒を盛られたことを知らずに苦しみながら舞うという曲本来の表現でしたが、今季(2009〜2010)のショートプログラムは、初めての仮面舞踏会に参加した初々しい貴婦人の雰囲気でしょうか。 赤紫の華やかな衣装と相まって、最初から最後まで、そのような世界が見事に表現されていました。

冒頭のトリプルアクセルからのコンビネーションジャンプでは、その漂う緊張感さえも、社交界という未知の世界に足を踏み入れた、若妻の心情を表現したものに思え…。 表情が和らぐ滑らかなスパイラルシークエンスは、舞踏会の雰囲気にも慣れ、緊張がほぐれてきた様子…。 笑顔で踏む華麗なストレートラインステップシークエンスは、羨望の眼差しを浴びながら会場の中心で華やかに舞う姿…。 手を広げた状態で終わる、鮮やかな最後のスピンは、「私の踊りはどうかしら?」と誇らしげな貴婦人…。 表現力豊かな演技に引き込まれ、それぞれの場面が目に浮かびました。 演技終了後、満足の行く内容に、満面の笑みを浮かべ、喜びのあまり思わず飛び跳ねてしまわれた浅田真央選手。 オリンピック初出場の浅田真央選手と、初めての仮面舞踏会を無事終えた貴婦人が、ぴたりと重なり、それも演技の続きではないかと思うぐらいでした。


フリースケーティングは、後半のジャンプ(トリプルフリップとトリプルループ)に失敗がなければ、それ以外の部分が良かっただけに、本当に残念な思いでいっぱいでした。 フリースケーティングで使用されている曲は、セルゲイ・ラフマニノフ作曲の前奏曲「嬰ハ短調 作品3-2」を指揮者のレオポルド・ストコフスキーがオーケストラ用に編曲したものです。 ラフマニノフはクレムリン(モスクワにある帝政ロシア時代の宮殿)にある鐘の音が印象に残っていて、それが作曲の動機付けになっているようですが、曲名として『鐘』とは付いていなかったように思いますので、ストコフスキーが名付けたのかも知れません。 大変荘厳な上に、元々物語性のようなものがない、この曲を演じるのは、フィギュアスケートの常識を覆すような、かなり挑戦的なことだと言えるでしょう。 プログラムでは、抑圧された民衆の叫び、怒り、そして解放…、長らく、あらゆる支配者に抑圧されてきた、ロシアの過去が表現されているものと思われますが、そのような世界を曲の重厚さに負けない迫力で演じなければなりません。 その一方で、このような曲調に身体の動きを合わせると、力強さが出る反面、軽やかさが失われがちで、要素の中でも特にジャンプは跳びにくくなるでしょう。

演技前半は、ほぼ完璧な演技内容でした。 緊張感漂う中、2度のトリプルアクセルなど、次々と要素を成功させ、独特の世界を表現なさって行く浅田真央選手。 迫力のある演技に、どんどん引き込まれていきます。 しかし後半、トリプルフリップからのコンビネーションジャンプに入るところでした。 一瞬いやな予感が走り 高さが足りないと感じたら…、トリプルフリップが回転不足になり、着氷も乱れてしまったのです。 その途端、浅田真央選手が作り出していた世界から覚め、現実に引き戻されてしまいました…。 トリプルループを跳ぶ際には、スケート靴の刃が氷に引っ掛かるという、予想外の出来事に見舞われましたが、それで気落ちすることなく、その後の要素を力強くこなされました。 残念ながらジャンプの失敗があったため、未完成となってしまいましたが、この挑戦的なプログラムを、かなりご自分のものになさっていたように感じました。 それだけに、その失敗さえなければ、完成し芸術作品となった演技を拝見できていたに違いありません。

浅田真央選手ご自身は、緊張はあまりなかったとおっしゃっていますが、録画した映像を何度拝見しても、やはり他の大会とは明らかに様子が違い、いつも以上に緊張なさっているように感じました。 平常心で望もうとする思いを、周りの人間が作り出すオリンピック独特の雰囲気が阻み、ご自身も気付かれないうちに緊張なさっていたのでしょう。 その緊張感が、知らず知らずのうちに体力を奪い、集中力をそぎ、余計な考えを浮かばせ、演技に悪影響を及ぼすことになったのかも知れません。


この部分は現在執筆中です。


〜 関連リンク 〜

日本スケート連盟

ISU(国際スケート連盟)(英語のページです)

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